


「薬剤師」と「スポーツ」、これまで無縁のものと思われてきた両者が結びついた「スポーツファーマシスト認定制度」。
JADAからの大きな期待を集めいよいよ事業がスタートする。
薬剤師にとって新たな境地を開拓する試みとなる同制度に、期待するものは何か。日本薬剤師会の児玉孝会長にお話をうかがった。

――薬剤師という職業は、一般市民からみると仕事の中味が見えにくいという印象があります。
いま全国では、約25万人の薬剤師が活動しています。そのうち我々日本薬剤師会の会員は約10万人です。
病院や一般の薬店に勤務する薬剤師、教員の薬剤師など活動のフィールドはさまざまです。
欧米の場合、職業としての薬剤師(ファーマシスト)に関する一般の認識は高いのですが、日本では医師や歯科医師と比べ非常に低いのが現状です。
薬剤師は真面目でおとなしい人間が多く、世間一般へのアピールが弱いためという指摘もあります。しかし私が見るところ、
諸外国に比べ、日本の薬剤師は認知度を高めるための努力を懸命に行っています。
たとえば災害救助へのボランティア参加。阪神淡路大震災では、医師や看護師には国から協力要請がありましたが、薬剤師には声がかかりませんでした。
しかし、この悲しい現実にもかかわらず、約3千人の薬剤師が自らボランティアとして活動しました。社会のお役に立つ薬剤師という
認識を広めるため地道な活動が行われているのです。
このたび創設される「スポーツファーマシスト認定制度」について、私たち薬剤師会としては、
これまで薬剤師が取り組んできた社会貢献活動の一環として取り組もうと考えています。スポーツ関係者の方々のお役に立てれば嬉しく思います。
その結果、薬剤師の社会的評価に結びつけば、これ以上のアピールはありません。

――従来のイメージでは、「薬剤師」と「スポーツ」とは直接結びつきません。日本薬剤師会として、この制度に共感・共鳴したポイントはどこにあったのでしょうか。
我々薬剤師は、「薬の適正使用」という言葉をよく使います。これを担保するのが薬剤師の本分です。
いうまでもなく、ドーピングは不適正使用の最たる事例。スポーツ選手のからだのこと、あるいはスポーツの精神を考えれば、
あってはいけないことです。薬に関する専門家の集団として、我々がアンチ・ドーピングに取り組むことは、当然といえるでしょう。
ドーピング問題は大きく分けて二つありますね。ひとつは最初から不適正使用を意図して薬を使用するもの。
もうひとつは、不適正な薬であることに気づかず使用してしまう、いわゆる「うっかりドーピング」。後者については、
一所懸命練習してきたにもかかわらず不注意のために泣くことになるという、非常に気の毒な事例です。
このような哀しい出来事をゼロにしたいと願っています。
――確かにアンチ・ドーピング規程の中に記載されている禁止物質のリストを見ても、専門家の助けを借りなければ一般には理解できない内容といえます。
ドーピング自体、昔は一部の特別なアスリートだけにかかわる別世界のこととして捉えられていました。
しかしいまでは、一般の高校生や中学生にまで広がりつつあり、大変危険な状況です。それでも一般の方の中には、
お医者さんから処方される薬だけが薬だと思っている人が、いまだに少なくありません。いわゆる大衆薬といわれているものやサプリメントなど、
我々が持つ薬に関する正確な知識、情報をこれから広く伝えていく必要があるでしょう。
――どのような場や活動機会を捉えて伝えていこうとお考えですか。
我が国には学校薬剤師という世界的に珍しい制度が古くからあります。
法律上、幼稚園、小学校、中学校、高等学校には、学校医、学校歯科医と共に、学校薬剤師を必ず置くこととなっています。
その制度のもとで、子どものうちに「薬は使い方を間違えないようにしましょう」と教育することがきわめて重要なのです。
例えば、子どもたちの中には「将来プロ野球選手になりたい」と夢を持つ子どももいるでしょう。そういう子どもたちに薬とスポーツの関係を話しておけば、
彼らが大人になりアンチ・ドーピングの話題をもう一度聞いた時に「ああ、そういえば子どものころに聞いたことがある」となってしっかりと頭に刻み込まれます。
頭の柔らかいうちに、頭の片隅にでも薬の適正使用の大切さを記憶してもらえれば、それが結局はアンチ・ドーピングにつながると、私は思うのです。
折りしも、今回学習指導要領の改定によって、薬の安全使用に関する項目が義務教育の中に組み込まれました。授業の中で話ができるようになりましたから、
今回の「スポーツファーマシスト認定制度」の創設とあいまって、薬剤師が活躍しやすい流れになりつつあると感じています。

――「スポーツファーマシスト」の資格はどのように活かしていけるでしょうか。
これまでの薬剤師とスポーツのかかわりでいうと、まず国体があげられます。
開催都道府県の薬剤師会およびこれに関係する薬事情報センターが医事や衛生業務等について協力しています。
その他にも、例えば昨年大阪で開催された世界陸上では選手のための仮設救護所に薬剤師が配置されました。
この活動自体はアンチ・ドーピングと直接かかわりがあるものではありません。しかし、救護所の中で薬を使用するとなった場合、
当然ドーピングを意識する必要がありますから、正確な知識を持った薬剤師でなければ十分に役割を果たすことができません。
その意味では“スポーツファーマシスト”制度が軌道に乗ったならば、将来的には、かならず有資格者がそこに参加するようにするという流れも生まれ、
大きな意義が出てくると思います。選手にとっても、救護所で投薬されるときに、必ずスポーツファーマシストがいてくれるとなれば、そのほうが安心でしょう。
私も学生時代、スポーツをしていましたが、近所の薬店で大衆薬を大量に買っていたことを覚えています。
もし薬店にスポーツファーマシストがいるようになれば、なんとなく薬を選ぶのではなく、相談もできることになり、
アンチ・ドーピングの環境が整うように思います。例えば消化不良や風邪気味といった程度の症状でしたら、養生しておけば薬を飲まなくても済むかもしれません。
そういったアドバイスをスポーツファーマシストとして与えることができるでしょう。

――いよいよ認定制度が動き出しますが、最後に将来の展望をお聞かせください。
実はいま、医師・薬剤師を含めた医療界では、一定のベースとなる知識を踏まえた上で、専門性を高めていく流れが生まれています。
例えば全国的に多くみられるのは、ガンを専門とする薬剤師や医師、看護師の存在です。
それをスポーツの世界に置き換えると、アンチ・ドーピングを含むスポーツの知識を備えた専門の薬剤師ということになります。
ひとつ期待しているのが、薬剤師になるための修業年限が4年から6年に長くなったことです。
カリキュラムの7割くらいは修得すべき内容として決められているのですが、残り3割は大学に裁量が与えられるようになりました。
その中で、専門職的な教育をしてもよいのではないかという風潮が大学に見られます。そのひとつとしてスポーツ薬学、
スポーツファーマシスト教育が大学の中で行われるようになる可能性も高いといえます。
将来的には、アンチ・ドーピング活動に加えて、アスリートの治療にあたってエビデンスに基づき、
パフォーマンスに影響を与えない薬物治療についてのアドバイスを、薬剤師ができるようになるかもしれません。
このように夢が広がる“スポーツファーマシスト”制度のスタートに大きな期待を寄せているところです。