1964年我が国のアンチ・ドーピング元年

日本国内において、ドーピングが初めて公式の話題となったのは、1964年の東京オリンピックの際に開催された「世界スポーツ科学会議」の席上でした。その後1972年、札幌冬季オリンピックを前に、「日本体育協会スポーツ科学委員会」が、アンチ・ドーピングの普及・啓発、検査方法の研究を始め、それらの一環として「ドーピングガイドブック」を作成しました。以後、オリンピック競技大会をはじめとする国際総合大会への派遣代表選手に対して、また我が国で開催される国際競技会においてドーピング検査を実施してきました。これらのアンチ・ドーピング活動にも関わらず、我が国スポーツ界おけるドーピング・コントロールに対する関心は依然として低いものでした。そのため、すべてのスポーツ団体との調和がとれたアンチ・ドーピング活動を進める機関の設置が必要と考えられるようになってきたのです。

1985年我が国にアジアで最初の検査機関が設置

1985年、神戸ユニバーシアード競技大会を契機に、三菱化学ビーシーエルの協力を得て、アジアで初めてのIOC認定ドーピング機関が設置されました。IOC認定ドーピング検査機関は、WADAの設立に伴い、WADA認定分析機関として引き継がれ、現在は32機関が認定されています。オリンピックをはじめとする国際競技大会が数多く開催される我が国において、競技者のイコール・コンディション徹底のために、非常に大きな役割を果たしています。

1999年 WADA設立と同時に我が国がアジアを代表する常任理事国に

1999年、国際レベルのあらゆるスポーツにおけるアンチ・ドーピング活動を促進し、調整することを目的として世界ドーピング防止機構(WADA:World Anti-Doping Agency)が設立されました。WADAは、国際オリンピック委員会(IOC)、国際競技連盟(IF)、国内オリンピック委員会(NOC)と競技者等のスポーツ界と、各国政府、政府機関等の公的機関とが協力しながら、アンチ・ドーピング・ムーブメントの推進に努めています。このWADAにおける政府側の理事兼アジア地域を代表する常任理事として、我が国の文部科学副大臣が就任し、国際的なアンチ・ドーピング活動に貢献しています。それゆえに、アンチ・ドーピング先進国として国内にアンチ・ドーピング活動を啓発、育成する公の機関の設置が急務だったのです。

2001年 JADA設立

2001年、これまでの国内におけるアンチ・ドーピング活動のマネジメントを行う機関としてJADAが設立されました。これにより、世界標準のアンチ・ドーピング活動のための展開が可能となりました。今後、我が国において国際レベルの競技大会だけではなく、国民体育大会をはじめとする国内大会やジュニア大会にいたるまで、ドーピングに関する情報提供や指導を積極的に実施するとともに、スポーツ関連の医事関係団体に対しても啓発活動を実施していきます。